政和3(1113)年は史進と魯智深の話が中心となる。8月15日は本編開始から最初に時系列を特定できると言う点において重要である。ここから遡ることでそれまでの時間の経過だけが記されていた事件の時系列を特定することができるようになる。 
 
 
 時系列  干支  西暦  回数  出来事
 3月    4月  2  史大公死去
 6月中旬    7月下旬  2  史進、少華山の賊に備える
 8月15日  癸巳  9月26日  2  史進、故郷を捨てて逃走する
 9月上旬    10月中旬  2  史進、魯達と出会う
 9月中旬    10月下旬  3  魯達、代州に逃走する
 10月    11月  4  魯智深、五台山で暴れる
 
 
 3月 史大公死去

史進の父の史大公は病に倒れ、そのまま死去した。第2回の地の文に「又早過了三四個月日。時當六月中旬」とある。後述の通り、6月中旬の「三四個月日」ということであるため、2月中旬から3月中旬ということになる。時系列にブレがあるものの、ここでは3月とした。
 
 
 6月中旬 史進、少華山の賊に備える

史進は、猟師の李吉から少華山に山賊が住み着いたことを知らされた。その襲撃に備えるため、村人を集めて警戒をうながした。第2回の地の文に「六月中旬」とある。これは本編開始以降、はじめて登場する具体的な時系列である。ここから遡ることにより、これ以前の時系列を確定することができる。
 
 
 8月15日 史進、故郷を捨てて逃走する

史進は中秋の名月の日に宴会を催し少華山の朱武らを招待した。しかし、ふとしたことから李吉が招待状を入手し、華陰県の役所に密告した。当日、史進の邸宅に都頭らの取り手が押し寄せると、史進は朱武らとともに都頭や李吉を殺し、自らは師の王進を訪ねるため、延安府へと向かった。

第2回の地の文に「八月中秋」とある。「中秋」は15日にあたるため、この日が8月15日であることが確定する。
 
 
 9月上旬 史進、魯達と出会う

史進は延安府を目指す途中で渭州にたどり着き、提轄の魯達と意気投合した。しかし、魯達は義侠心から鄭大官人を殺害して逃走、史進もまた渭州を後にした。第3回の地の分に「半月之上」とある。8月15日の事件から半月ほどで史進は渭州に到着しているため、9月上旬の出来事であると考えられる。
 
 
 9月中旬 魯達、代州に逃走する

魯達は代州で鄭大官人の魔の手から助けた翠蓮と再会した。彼女を娶った富豪の趙員外の機転により、魯達は五台山で出家して安全を確保することとなった。

第3回の地の文によると、魯達が鄭大官人を殺してから代州に到着するまでの時間は「半月之上」である。上記の通り、これは9月上旬の出来事であるため、代州に到着したのは9月中旬ということになる。

なお、道中の日数について、第4回で魯達自身は「一到處撞了四五十日」と語っている。つまりは1ヶ月半以上の時間がかかっているということであるが、こちらを採用すると、「初冬」に彼が五台山で狼藉を働いたという描写と矛盾するため、こちらは採用しない。
 
 
 10月 魯智深、五台山で暴れる

魯達は出家して魯智深となるが、酒を飲んで狼藉を働き、寺内の施設を破壊、数十人に怪我を負わせた。第4回の地の文に「初冬」とある。これは旧暦10月にあたる。

ただし、その前の文章に「不覺攪了四五個月」とある。これは「知らず知らずのうちに4、5ヶ月が経過した」ということであるが、これまで計算してきた時系列と合わないだけでなく、第2回で文中に明示されている「八月中秋」から計算しても時系列に乱れが生じるため、ここでは採用しないことにする。